ハマナスの方言

 第二話第四話などハマナスの名前に関する話題をいくつか取り上げてきました。古くから世界に広まっているバラには、地域によっていろんな呼ばれ方をしていることがよくあります。場合によっては同じ国の中でも地域や時代によっていくつも呼ばれ方があります。しかしハマナスほどたくさんの呼び名がある野生バラは他にないのではないでしょうか。
 ハマナスは日本の中でもいろんな呼び方があったようです。貝原益軒はその著書「大和本草」(1709)で玫瑰花(ハマナス)を『筑紫ニテ花タチ花ト云』と記しています。その他にも「日本植物方言集成」には、きんちゃくぼたん(長野:佐久)、はいだま(岩手:上閉伊)、ばら(岩手:盛岡市、秋田:山本)、ばらぼたん(長野:北佐久)などが載っています。
 本などでハマナスの原産地は日本、朝鮮、中国北東部とされています。ところが現在の世界分布はアジア、ヨーロッパ北アメリカなどの北部海岸の広範囲な地域にわたっています。最初、それが人によって運ばれたことは間違いないのですが、そのほとんどは江戸幕府が開国して以降のことと思われます。いつどのような広まり方をしたかはいずれじっくり調べたいと思っています。それにしても、開国後わずか100年余の間にこれほどの広がりを見せたのは、ハマナスの持つ繁殖力の成せる業だと改めて感嘆しています。
 さて、世界へ広まったハマナスですがそれぞれの地域で様々な呼ばれ方をしているようです。多くはその特徴ある実から、またトゲだらけの枝を形容したもの、シワの多い葉っぱから、あるいは由来する国(地域)や自生する場所に関したものもあるようです。

ハマナス 世界各地での名前
学名に関したもの
Rosa ferox feroxはラテン語で「凶暴な」という意味。1845年のシーボルト以前にヨーロッパに渡っていたようです。そのルートや時期などはよく分かっていません。
Rosa coruscans coruscansは「ぴかぴか光る」の意味。名前やルートなどの素性はわかりません。
Rosa kamtchatica 謎のルゴサ。ツュンベリーがその著書「フロラ・ヤポニカ」(1784)でR.rugosaを紹介する前にすでにヨーロッパに紹介されていたといわれ、ルドゥーテもこのバラを描いています。現在はルゴサのハイブリッドではないかといわれています。kamtchaticaはもちろんカムチャッカの地名から来ています。
Rosa regeliana regelianaの名はマキシモヴィッチと共同研究していたレーゲル(Eduard Regel)の名に由来しているかもしれません。だとすると時代的には明治以降についた名前と思われます。
Rosa rugosa typica typicaは「基本的な」という意味。rugosaにいろんな種が表れたので後に付け加えられたものだと思われます。
Rosa rugosa Thumb. ハマナスの正式な学名です。rugosaは「シワの多い」という意味でハマナスの特徴ある葉を表しています。

英語名 英語の名はたくさんあり以下に紹介する名がイギリスに由来するのかアメリカに由来するのかはよく分かりません。
Beach Rose 読んで字のごとく、「浜のバラ」。石川啄木の短歌にもハマナスを「浜薔薇」と読んだ歌があります。
Hedgehog Rose Hedgehogは「ハリネスミ」の意味。トゲだらけのハマナスを表現したものです。
Potato Rose Potatoはハマナスの実がジャガイモの実とよく似ていることからついたものと考えられます。もちろん私のHNのことではありません(あたりまえだ!)
Saltspray Rose Saltsprayって塩スプレー?
Sea Tomato これもハマナスの実をトマトになぞらえたものです。
Shore Pear Shoreは岸、Pearは梨です。四話と七話でハマナシの話をしましたが外国でもハマナスを梨になぞらえるケースがあったのですね。
Tomato Rose もちろん実の形状からついた名です。
Wrinkle-Leaved Rose しわのある葉っぱのことで、意味的にはRugosa roseと同じです。

各国語 言 語 さてさて、ここまで来ると言葉の意味を調べることも大変です。空白が多くなることをお許しください。ご存知の方があれば教えてください。
海棠花: 韓国語 ヘダンファと読みます。おそらく中国から渡った言葉だと思うのですが、なぜ海棠花がハマナスを意味するようになったかはわかりません。中国でも日本でも海棠花はカイドウのことです。
玫瑰:Mei-gui 中国語 メイグイと読みます。日本読みではマイカイ、数々の混乱を招いた言葉でもあります。詳しくは第六話を読んでください。

(Morshchinistaya roza)
ロシア語  
Róża pomarszczona ポーランド語 pomarszczonaがフランス語のpommierと似ていますが
Raukšlėtasis erškėtis リトアニア語  
Rosier rugueux フランス語 Rosierは「バラ」、rugueuxは「ラフな」という意味です。
Rosier pommier du Japon フランス語 pommierはapple treeということです。
Rosier japonais フランス語 英語で言うJapanese Roseです。
Rosier à feuilles ridées フランス語 Rose to wrinkled leaves:しわくちゃな葉っぱのバラ
églantier des jardins フランス語 wild rose of the gardens:庭の野バラ
Rosier herisson フランス語 Hedgehog Rose:ハリネズミのバラ
Rimpelroos オランダ語 wrinkle rose:シワのバラ
Rynket Rose デンマーク語 しわの多いバラ
Rynkerose ノルウェー語 デンマーク語と同様と考えていいと思います。
Vresros スウェーデン語 rugosaと同じで「しわが多い」の意味
Kurttulehtiruusu フィンランド語 ドイツ語のKartoffelroseとよく似ています。
Kurdlehine roos エストニア語 これもドイツ語のKartoffelroseと同じかな?
Kartoffelrose ドイツ語 Potato roseの意味
Nordische Apfelrose ドイツ語 Noethern(北の) apple rose
Gararós アイスランド語  

地名や固有の呼び名に由来するもの
Japanese Rose これに説明はいらないでしょう。
Kiska Rose キスカ・ローズ。アリューシャン列島にあるキスカ島に由来すると思われます。キスカ島は第二次大戦の舞台ともなりました。
Ramanas Rose ラマナス・ローズ。Ramanasはスウェーデン人のツュンベリーが日本でハマナスという言葉を聞いたとき、日本語の「は」に相当する発音として「Ra」の文字を当てた可能性が高いと考えられています。フランス語もそうですが「うがい音」のような感じかなと思います。
Rugosa Rose ルゴサ・ローズ。これは学名のRosa rugosaからとった呼び方。
Sitka Roses シトカ・ローズ。Sitkaはアラスカのパラノフ島にある町の名。ロシア領時代はアラスカの首都として栄えました。この町でハマナスは古くからある植物のように自然です。
Turkestan Rose トルキスタン・ローズ。トルキスタンは現在の中央アジアにある地域の名です。大きく分けて東トルキスタン(現在の中国新疆ウイグル自治区 )と西トルキスタン(カザフスタンやウズベキスタンなど)に分かれるそうです。この地域に実際ハマナスがあるのか興味あるところです。

 ご覧のように北半球の北方地域のほとんどにロサ・ルゴサがあることを示しています。英語やフランス語にはカナダも含まれているかもしれませんし、ヨーロッパでも同じような国があるかもしれません。ハマナスがキスカやシトカどのようにたどり着いたかを探ってみることも面白いかなと考えています。欄が空白の所は翻訳する手段がなかったためですったためです。教えてくれる方がいれば助かります。
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2006.11.22 UP
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<参考文献>

<書籍>
大場秀章著作選〈1〉植物学史・植物文化史  大場秀章 八坂書房 2006.2
花の西洋史 A・M・コーツ著 白幡洋三郎・白幡節子訳 八坂書房 1991.3
日本植物方言集成 八坂書房 2001.2
The Old Rose Adventure BRENT C. DICKRSON  TIMER PRESS
the Roses  PIERRE-JOSEPH REDOUTE  TASCHEN

〈ホームページなど〉
『大和本草』  貝原益軒 宝永6年(1709) 貝原益軒アーカイブ
             http://www.lib.nakamura-u.ac.jp/kaibara/yama/index.htm
Blakwell Synergy BRUUN, HANS HENRIK Rosa rugosa Thunb. ex Murray. Journal of Ecology 93 (2), 441-470.
             http://www.blackwell-synergy.com/doi/full/10.1111/j.1365-2745.2005.01002.x
le Cynorrhodon    http://perso.orange.fr/association.fruits.oublies/contrib/cynorrhodon/cynorr01.html

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