第十話 ハイブリッドルゴサ誕生 

1.ルゴサがヨーロッパへ渡った頃
 第9話「ハマナスはどのように世界へ広がったのか」ではロサ・ルゴサがいつどのようにヨーロッパへ渡ったのかを探りました。そのときルゴサはどのように受け入れられどのように扱われたのでしょう。またその頃、ヨーロッパのバラ事情はどのようなものだったのでしょうか。
 ヨーロッパで最初にロサ・ルゴサを栽培したのは、1796年イギリスの植物商であるリー&ケネディ商会とされています。しかし、そのルゴサがどのような経路をたどってヨーロッパに渡ったのかは不明です。ロサ・ルゴサとよく似たロサ・カムチャティカもほぼ同じ頃ヨーロッパに渡りましたが、これも導入経路ははっきりしません。結果としてリー&ケネディ商会のルゴサは世に出ることはなかったようです。
 ロサ・ルゴサには耐寒性が強いという北部ヨーロッパには受け入れやすい性質を持っていました。なぜ、このときのルゴサはヨーロッパの人々に受け入れられなかったのでしょうか。
 実を言うとルゴサがヨーロッパに渡ったこの時期に、中国からヨーロッパのバラ界に大革命を起こす四つのバラもヨーロッパに渡っています。1792年にスレーターズ・クリムソン・チャイナ、1793年にパーソンズ・ピンク・チャイナ、1809年にヒュームズ・ブラッシュ・ティ・センテッド・チャイナ、1824年にパークス・イエロー・ティー・センテッド・チャイナが相次いでヨーロッパに渡り大センセーションを巻き起こしています。私の推測ですが、おそらく育種家も園芸好きもルゴサに関わっている暇はなかったのかもしれません。

2.ルゴサ再登場
 ヨーロッパに再びロサ・ルゴサが登場するようになるまでには、さらに50年以上待たねばなりませんでした。一度失われたルゴサはそう簡単に手に入れることはできません。当時は植物を遠くへ運ぶ技術が確立されておらず、たとえばアジアで船に1000の植物を積み込んでも生きてヨーロッパへ到着できるのはほんの数鉢だった時代です。
 1834年に「ウォードの箱」が発明され植物の大量輸送が可能になりました。この箱を積極的に使用したのがロバート・フォーチュンというプラントハンターでした。彼は中国を中心に活動していましたが1860年には日本でも活動しています。このとき日本に植物の買い付けに来ていたシーボルトと遭遇しています。シーボルトもまたウォードの箱の利用者になったに違いありません。1956年、オランダのライデンの「日本植物販売目録」にハマナスが登場していることは第三話「ハマナスを世界へ伝えた人たち」で書いたとおりです。1870年代にはルゴサは広くヨーロッパに行き渡ったようで、この頃からルゴサを用いた育種が行われるようになりました。

3.最初のハイブリッドルゴサ
 ここで最初のハイブリッド・ルゴサの誕生秘話など出てきたら理想的なのですがそうはいきません。まず、最初のハイブリッド・ルゴサは何なのかを見つけ出すこと自体が難問でした。最初は1887年のマダム・ジョルジュ・ブリュアン(Mme Georges Bruant)が最初ではないかと思っていましたが、スヴニール・ドゥ・イェド(Souvenir de Yeddo)というルゴサが一番古いのではないかと教えられました。最終的には「The Old Rose Adventurer」B.C.Dickersonの記述に頼ることとなりました。その中から最も古いとされるハイブリッド・ルゴサをいくつか紹介します。
DickersonはルゴサのHorticultural varieties(園芸種)として紹介しています。

○ [Parnassine]  1825 E.Noisette(フランス)
 別名‘Parnassina’
 花は八重咲き、花色は明るい紫(light violet])、濃いピンク(petals a deep pink.)の表現が見られます。花名のParnassineの意味は不明です。名前かな?
 時代がかけはなれてに古いのが注目されます。これは再登場した1860年代のルゴサではなく初期に運ばれたルゴサから生まれたものでしょうか?文章からははっきりとHRgであるかどうかを読み取ることができません。
 ブリーダーのE..NoisetteとはÉtienne Noisetteと考えていいと思います。ブラッシュ・ノアゼットのPhilippe Noisetteとは別人のようです。
 このバラの写真は見つけることができませんでした。現存しているかどうかも不明です。またブリーダーの名前もネット検索では1件のヒットもありませんでした。
ARS [MODERN ROSE XI]に記載なし。

○ [Taïcoun] 1872 ?
 別名‘Taïkoun’,“Tycoon”, “Shogun”
 さて、このバラも謎のバラです。ブリーダーは不詳です。
このバラもHRgかどうかをを読み取ることができません。花色の不明です。
 名前のTaïcounは「大君」のことで、江戸幕府の将軍を指しています(時代からいって徳川慶喜のことか)。「大君」(おおきみ)には天皇の意味もありますが、幕府は開国交渉の際、外国人に将軍を大君(たいくん)と呼ばせていたようです。別名のTycoon、Shogunは近年、同名のバラが出ていますがそれとは別の物です。
 これも写真を見つけることができませんでした。現存しているかどうかも不明です。ARS [MODERN ROSE XI]に記載なし。

○ Souvenir de Yeddo  1874 Morlet(フランス)
 Rosa rugosa×a Tea
 花は大きく、色はピンク、八重咲き、香りの記載がありません。名前は直訳すると「江戸の思い出」となります。いったい、誰の思い出なのか興味のわくところですが詳細は不明です。
 本ではRosa rugosa×Rosa indica[i.e.,R.chinensis]や Émile Köhne.(1893) 作でR.rugosa×[Rosa]damascenaという記載やの記述も見られますが、かの植物学者Crépinはdamascenaを否定しているようです。Tea、R.damascena、R.indicaどれをとっても香りが違っていそうで、実際にどんな香りか確認してみたいものです。ブリーダーのMorletFimbriataの作者でもあります。
 ARS [MODERN ROSE XI]に記載されていること、交配親の詳細は不明ですが明確にHRgとわかることから、このバラが最初のハイブリッド・ルゴサと考えていいと思います。写真は唯一見つけることができました。
http://www.helpmefind.com/rose/pl.php?n=40073

○ Comte d'Epremesnil  1881 Nabonnand(フランス)
 Rosa rugosaの実生
 花は大きく、バイオレットピンク、半八重咲き、強香、樹勢が旺盛で高さは2~3mにもなる。大きなオレンジ色の実がつくこと、二季咲きとあります。作出者のNabonnandはTeaやNoisetteを中心に数多くの作出があります。
 [MODERN ROSE XI]に記載があります。この花の写真も唯一でした。
http://www.rogersroses.com/gallery/DisplayBlock~bid~1989~gid~45.asp

○ Thusnelda 1886 Müller(ドイツ)
 Rosa rugosa‘Alba' בGloire de Dijon'(N)
 花の大きさは中、明るいサーモンピンク、半八重、強香、1.2~2m。四季咲き性もありそうです。作出者はMüller, Dr. Franz Hermannで、HTやHRgを多く作っています。最もよく知られているのはConrad Ferdinand Meyerでしょうか?
 名前の由来はネットで検索してみると実にいろんな形で登場します。シューベルトの歌曲、ドイツ文学、ドイツ海軍艦艇の名前、小惑星の名前等々。元をたどると「ゲルマン人の戦士アルミニウスの妻、トゥースネルダ」か?
 このThusneldaは比較的写真を見つけることができます。バラそのものも手に入れることは可能だと思われます。
http://www.helpmefind.com/rose/pl.php?n=6264

 このページに華やかに写真を貼りたいところですが、見つけた画像はいずれも希少なものでしたので、リンクを張らせてもらウことにしました。今回のようなに古いバラの素性をたどるのはなかなか楽しいものです。最近、「プラントハンター」(白幡洋三郎:講談社学術文庫)という本を読んでいろんな背景が見えてきたことも大きかったと思います。ルゴサのことは全く出てきませんが、第九話を書く前に読んでおくべきだったと感じました。
 調べてみると1870年以降から1900年までにたくさんのハイブリッド・ルゴサが作られていることがわかりました。一般に流通しているものもたくさんあります。以下にその名前を記しておきます。
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Mme Georges Bruant 1887 Bruant
Mikado 1888 Morlet
Mme Charles Frédéric Worth 1889 Widow Schwarts
Germanica 1890 Müller
Stella Polaris 1890 Jensen
Fimbriata 1891 Morlet
Blanc Double de Coubert 1892 Cochet-Couchet
Prof.N.E..Hansen 1892 Budd
America 1893 Harvard University Gardens/G.Paul
Belle Poitevine 1894 Bruant
Calocalpa 1894 Bruant
Cibles 1894 Kaufmann
Jelina 1894 Kaufmann
Proteiformis 1894 ?
Souvenir de Christophe Cochet 1894 Cochet-Couchet
Agnes Emily Carman 1895 Carman,ca
Chédane-Guinoisseau 1895 Chédane-Guinoisseau
Rose Apples 1895 G.Paul
Souvenir de Pierre Leperdrieux 1895 Cochet-Couchet
Mrs. Anthony Waterer 1896 Waterer/G.Paul
Schneelicht 1896 Geschwind
Delicata 1898 Cooling & Sons
Alice Aldrich 1899 Lovett/Conard & Jones
Atropurpurea 1899 G.Paul
Conrad Ferdinand Meyer 1899 Müller/Froebel
Heterophylla 1899 Cochet-Couchet
Lilli Dieck 1899 Dieck
Potager du Dauphin 1899 Graveaux
Souvenir de Philémon Cochet 1899 Cochet-Couchet
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2007.8.15UP


<参考文献>

<書籍>
大場秀章著作選〈1〉植物学史・植物文化史  大場秀章 八坂書房 2006.2
プラントハンター  白幡洋三郎 講談社学術文庫 2005.11
花の西洋史 A・M・コーツ著 白幡洋三郎・白幡節子訳 八坂書房 1991.3
The Old Rose Adventure BRENT C. DICKRSON  TIMER PRESS
the Roses  PIERRE-JOSEPH REDOUTE  TASCHEN

〈ホームページなど〉
Help Me Find/Roses
http://www.helpmefind.com/rose/index.php?&tab=1
ルゴサな話 第三話、第九話




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